印章とは判子本体のことを言い、印鑑は印章を押したあとの印影を指す。
さて、その手彫りの印章を一度じっくり見て欲しい。蜘蛛の糸のように繊細な部位に驚くことだろう。
これが手仕事のなせる技だ。人生の中で、何度か印章を購入する機会があるのならば、ぜひ職人の手技が光る逸品を手に入れたい。

祖父の代から続き、約120年目を迎える「土橋印房」。
現在、三代目の店主、土橋 稔さんと息子さんが営んでいる。
ガラガラと引き戸を開けると、ラジオから都はるみの歌声が流れてきた。店の片隅で寝ていた犬がこちらを見上げる。
ホッとしたのも束の間、飴色のツヤを放つ使い込まれた商売道具に身が引き締まる。
作業台の上でひときわ存在感があり、束になって並んでいる鋭い刀を印刀といい、これで文字を彫る。土橋さんが修行時代から使ってきた物だ。かれこれ60年になるという。よほど丁寧に毎日磨いてきたのかと問うと、「何でも、過ぎたるは及ばざるが如しなんですよ。ほどほどの塩梅、わかりますかねぇ」。
ドキリとする物言いなのに、穏やかな空気が流れる。職人が持つ自信と、膨大な経験からくる器の大きさのせいだろう。朱肉をつける時や押印をする時は、心を落ち着かせ、丁寧に扱うことだと言う。こちらは生徒のような心持ちになり、真剣にうなづく。
「唯一無二の物を私たちは作っているんですよ。時代に逆らっているのか、取り残されたのか、わからんですけどね。でもね、人様の大事な印章を作らせていただいている、これは有難いことです。明日も明後日も、ずっとこうして黙々と続けていきますよ」。
History
神奈川県生まれ。昭和29年、印章彫刻業に入る。印章彫刻技能に卓越し、特に木口彫刻における「篆書体」に深い見識を持つ。全国唯一訓練校にて後進の指導育成に尽力した経験を持つ。優秀技能者県知事表彰、卓越技能者県知事表彰など。
全技連マイスター神奈川現会長
土橋印房
中区住吉町5-56
営:9:00~19:00 休:日、祝、年末年始